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翻訳の仕事の現状

翻訳は量産がきかない仕事なので、受注できる量には限度がある。たった一人の編集者、たった一社の発注者からの仕事だけで手一杯になり、生活が十分に安定する場合も少なくない。もちろん、ここまで仕事が集中していると、翻訳者にとっても、発注者の側にとっても不安がある。何らかの理由で発注が止まれば、翻訳者はたちまち生活に困るようになるかもしれないし、翻訳者が病気にでもなれば、発注者は代わりの人を探すのが簡単ではないかもしれない。だから、ある程度は危険を分散しておくとしても、ほんの数人の編集者、ほんの数社の発注者に信頼されて継続的に受注できるようになっていれば、翻訳者は安心して仕事を続けていける。つまり、職業としての翻訳に取り組むにあたって、翻訳という市場の全体を相手にする必要はまったくない。翻訳者の立場からみれば翻訳の市場はかなり大きく、たとえてみれば大広間のようにみえるかもしれない。だが実際には、この広間は壁がきわめて複雑になっていて、いくつもの小さな部分に分かれている。そして、それぞれの部分には壁寵(壁のくぼみ)がいくつもある。壁寵のひとつを確保できれば、人混みに押されることもない。競争相手がいくら多いようにみえても、心配する理由はそれはどない。翻訳市場は、全体の規模がいくら多くても、隙間産業の集合なのであり、翻訳者同士がいつも真っ向から競争しているわけではない。隙間どころか、蛸壷に閉じこもっていても仕事を続けていけるのである。