考え方のパターンの覚え方としての勉強もムダではないかもしれないが、この科目では考え方のパターンは無数にあるのであって、パターンを覚えるのでなく、考え方を身につけなくてはいけないので、こんな勉強の仕方は本当は邪道なのだ。もう一ついうと、学校などで課題図書とかいって、古典的な本をムリに読ませて感想文を書かせることがある。しかし、ふだん、本を読みつけていない人間が読んでも、こんな本がおもしろかろうはずがなく、ますます国語嫌いになる。ただし、国語を解くにあたって活字に慣れておくのは意味がある。バカな評論家はこの手の読書を勧めるが、活字ならなんでもいいから自分の興味のあるものを読む方がいい(マンガでも週刊誌でもいいだろう)。はっきりいって、学校の国語なんて、一つの型に人をはめこもうとするだけで意味がない。国語の授業中はむしろほかの科目の勉強(つまり内職)でもしてる方が、ホンマに効率的なんや。