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最後のバブル世代

今年三九歳になるO氏は、都内の大手食品メーカーの管理部門で主任を務める。一九九一年入社の一六年目。ちょうどバブル期最後の入社組だ。「華の九一年入社組なんて呼ばれてましたよ」O氏はそう言ってかつてをふり返る。ほとんどの企業が、一九九一年に新卒採用数のピークを迎えた。翌年から大幅減、あるいは採用自体見送りという企業が多いから、いわば最後のバブル世代だと言えるだろう。昨年あたりから景気が回復したとはよく言われるが、おおかたの企業は、いまだにバブル期の半分にも満たない採用数だ。

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いかに当時、企業が人を採りまくったかよくわかる。当然、いまでは想像できないような超売り手市場たった。内定者に対し、高級ホテルの披露宴会場を借り切って、懇親会という名の拘束イベントを行う。当然、豪華な料理に酒つきだ。もっと気合の入った会社なら、温泉旅館を借り切って学生を数日問缶詰めにし、外部との連絡を一切絶つ。缶詰めといっても毎日飲めや歌大のどんちゃん騒ぎで、学生をけっして飽きさせない。それでも辞退する学生には、人事部長が手土産持参で説得に向かう。土下座までした企業もあったというから、なんだか遠い異国の昔話でも聞くような気分だが、この国でつい十数年前に実際に起きた話だ。当然、採られる側の意識もいまとは大きく異なっていた。「仕事の内容についてはまったく気にかけませんでしたね。会社の名前と雰囲気、というより、なかば成り行きで内定を取ったなかから選んでいました。いま考えるとおかしな話かもしれないけど、当時はそれがふつうだった」。当時は、就職ではなく就社とても呼ぶべき風潮で、まさに「なんでもやります」的人材がもっとも重宝された時代だ。そして実際、企業のなかでは与えられる仕事をなんでもやるのがふつうだった。キャリアとは、会社が与えるものだったのだ。考えてみれば、年功序列というレールの上を走るだけなら、キャリアなんて考える必要はない。そのときどきに応じて必要なことさえこなしていくだけで、社内の序列は上がるのだ。